東京高等裁判所 昭和30年(う)2165号 判決
被告人 河島満洲雄
〔抄 録〕
弁護人の控訴趣意一、乃至三について。
原判決の認定した被告人の罪となるべき事実は、原判決引用の証拠によりこれを認めるに十分であり、この原判決認定事実は業務上横領罪を構成するものである。すなわち原判決引用の証拠によると、被告人は新橋演舞場株式会社会計係として同劇場の切符売上金の保管、営業日報の作成等の業務に従事し、且つ文楽会が同劇場で行う文楽座興業に関する事務をも取扱い、その切符売上金の保管の業務をも担当していた者であるところ、昭和二三年頃松井左近から切符代金として独断で受領した小切手が不渡となつたことがあつて、他から受領した切符売上金を流用してこれに充当したことに端を発し、この穴埋めのため松井左近から受領した小切手がいづれもその都度不渡となり、同人から従前の不渡小切手金額よりも多額の金額の小切手を受領したときは、その差額の現金を切符売上金中から流用して同人に交付したので逐次他から受領した切符売上金を別口の売上金の入金に充当して来た結果、昭和二七年五月末日現在において帳簿上合計三百万円の切符前売代金の未収を生じたので(一)、昭和二七年五月下旬頃カルピス食品株式会社が同劇場の六月興業に催すことになつていた観劇会の切符売上金合計二百万円を市場某から受領しこれを業務上保管中、取引銀行に預金しないで、ほしいままに自己の責任において補填すべき別口の切符売上金の前記未収金に充当入金し(二)、同年六月下旬頃文楽座が同劇場で行う文楽座七月興業の前売切符売上金合計百万円を受領しこれを業務上保管中、翌月末まで同会のため保管していなければならないのにかかわらず、ほしいままに自己の責任において補填すべき別口の切符売上金の前記未収金に充当入金したことを認めることができるのであるから、被告人は業務上保管する(一)、(二)、の各切符売上金を、その経済的価値を利用して、自己の補填すべき別口の切符売上未収金に、ほしいままに充当入金することにより不法に領得し以て着服横領したものであるといわねばならない。そして横領罪の成立に必要な不法領得の意思とは、他人の物の占有者がその物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をし、若しくはその経済的価値を利用する意思をいうもので、必ずしも占有者が自己の利益取得を意図することを要するものではないのであるから、被告人が前記のように自己の業務上保管する(一)、(二)、の各切符売上金を別口の未収金に充当入金するについて、自己に利得する意思なく、これら切符売上金を私消していないとしても、その故に、所論のように、被告人の所為が業務上横領罪に該当しないものということはできない。しからば原判決には所論のように事実の誤認又は法令適用の誤はなく、論旨は理由がない。